「祈る人」
私が最も大きな影響を受けた人カレル博士はこう言っています。
「祈りは時として、いわば爆発的ともいえる効果をもたらす。エリトマトーデスとか、癌とか、腎臓炎とか、潰瘍とか、肺や骨や腹膜の結核などの病人の疾患が、ほとんど瞬間のうちに治ってしまうのである。」そして、「他人のためにする祈りには常に、自分のためにするよりも実りが多いのである。」とも語っているのです。
カレル博士は牧師ではなく、一九一二年、臓器移植法の考案などでノーベル生理医学賞を受けた医師であり、医学者でした。
カレル博士を知らない人のために、数行を彼の解説にあてようと思います。
カレル博士はアレクシーカレルといい、一八七三年仏リヨンに生まれ、リヨン大学医学部外科の解剖学助手を勤めましたが、ある時、ボランティアで巡礼団付き添い医師として重病の少女と一緒に聖地ルルドを訪問、目前に展開された、科学では説明できない衝撃的な快癒という出来事に遭遇して、医師を捨てて米国に渡りロックフェラー研究所に入ったのです。
米国のことはさておき、日本で栄養学を学んだ人ならカレル博士の書物を呼んでいない人はない程、カレル博士は秀れた医学者である以上に人間と神について偉大な思想家としての足跡残しました。
私が片時も忘れずに、常に原点として、あるいは出発点として人間の健康を考えるときもカレル博士の言葉を定義として使わせて言うことにしているです。
それは「体液さえ正しければ細胞死なない」という、私にとっての真理の言葉です。また、人間は器官と体液と意識が一つになった存在であり、環境から独立した存在出はなく不可分のものであるからこそ大気中の酸素、大地の与える栄養が必要だと語っています。そして、「人間は水や酸素を必要としているように神を必要としているのである。」というのです。必要としているでしょうか。
私たちは祈っているでしょうか。自分自身のためであっても祈っているでしょうか。他人のために祈っているでしょうか。
「不毛の人」
何となく、付き合い上、教会へ通い、時間つぶしをする人。神の声も聴かず、人の声も聴かず、ただ面白おかしく日々を過ごす人。健康を口にしながら、実際には手当たり次第に、まるで餓鬼のようにむさぼり食い、足りることを知らず、ぶざまに太っている人。現実の人間世界は、こういう人達で溢れています。「不毛の人」です。
こうした人たちは、学ぼうとしません。悟るすとしません。こうした人たちには、どんな真理の種蒔いても何一つの実りも、収穫も期待できないものです。
昨日、ある人からFAXが来ました。病院の相談です。病名は「全身症エリトマトーデス」。カレル博士の文章にもでてきた病気です。医師からの薬品名も書かれていました。
私は医師ではありませんし、私がまず知りたいことは、食事の内容です。健康への基本では食事です。食事を全面的に根本から変えなければなりませんよ。できますか。「変えると言ってもどうすれば良いかわかりません」と答えがまた来ました。あなたは祈る人ですか。それとも不毛の人ですか。