政治や経済は知らないが、おゝかたの予測では一九九九年が最も激しい困難と破壊が世を襲うとされている。日本では勿論、最悪の年になる可能性が高い。
倒産も失業もこのところ毎月が記録更新を繰り返しているし大学を卒業しても仕事口がみつからないようだ。考えてみればこういう現象は至極当然のことだと言えなくもない。
確かたる目標もなく大学に入る。それも専攻は何でもいい、入りやすいところを狙って受けるわけだ。卒業近くになってもまた同じだ。どんな業種でもいい、できるだけ世間ていのいい会社ならいい。
こういうスタイルが日本のサラリーマン社会を形成している。こういう人たちにとっては結婚すら同じような考えで行われる。相手の出身校、勤務先、すべて世間ていのいいことが重要なのである。
会社というものは月給をくれる所だと思い込んでいるから麻雀をやっていても月給が貰えたし定年までこれが続くものと思い込んできたわけだ。
昔、ソクラテスの時代は学問は一つしかなかった。それは「哲学」である。
その哲学という学問はすべてを包含したいわば巨大な企業のようなものだった。天文学も医学も数学もみんな哲学だったし、政治も法律も宗教も信仰もまた哲学の中にいたわけです。
哲学が輝いていたのです。
近代という時代は哲学から数学が出て行き、医学が分家独立し、政治も法律も宗教すらみんな出て行ってしまった時代でした。教育だって哲学という名の家を出て行ってしまった家出少年のようなものです。その結果はもうお分かりのように医学は倫理を失いましたし、政治も真理を喪失してしまい、法律も愛を失った暗記物となり、教育はビジネスになりました。
キリストの時代には医者というものはいませんでした。
寺院にはハーブを使ったり薬湯の入浴施設があり、香りをたいてアロマテラピーを教えたりする長老達(エルダーと呼ばれた)が活躍しました。
医学でも外科や内科といった分類だけでなく人間の器官や一つ一つの機能別に複雑に分断化。医療という名の下に立証手段すら奪われた伝統ある自然医学は片隅に追いやられている現代。
こんな片隅の自然科学が実は安全で人間にやさしい医学であることを知っているのは他にならぬ自然医学を差別してきた政治家連中で、日本の歴代の総理大臣、中曽根さんも橋本さんも暇さえあれば指圧や針治療に通うが決して病院には行かないという。
確かに米国の統計ではハーブやビタミンなどの健康食品では死んだ人はいない。しかし薬をのんで死んだ人は年間6万人。医者や病院のミスで死ぬ人は年間30万人以上もいるのが哲学から岐れていった科学というものの実態だ。
企業という組織体もかっての哲学のように分岐化が進んだ。経営学とかマーケッティングとかファイナンスとか、どんどん岐れていったのだ。分岐化こそ革新だと考えた。
百貨店という企業を例にとっても、百貨というくらいだから何でも揃っていたがどんどんと専門店へと分岐した。
百貨店の中から価格競争の要素だけを取り出してディスカウントハウスが分岐した。百貨店の営業時間は消費者の要求を満たしていないと言ってコンビニが24時間営業。哲学から岐れていろいろな学問が出て行ってしまった後の百貨店はガタガタになってしまった。
分岐とか分断という現象はソビエト連邦の解体にとどめをさすようだ。分断と解体は思想も政策も失い、その結果恐ろしい核兵器の管理統制が崩壊しいつ核が乱射されるかわからない危険にあるのだ。
何にを考えたのか日本の橋本首相はこのロシアと平和条約を結ぼうと考えて徒らに時間を空費し不況克服はこのため10年の遅れを喫した。
有名な予言者が一九九九年、空から大魔王が降ってくると言った。ロシアからの核だと私は思う。そのノストラダムスが南仏の古都モンペリエ大学医学部で学んだ医師であったことは余り知られていないが今から20年前、その道を歩いていた時、地元の老婦人が道の標識を指差して旅行者と一目でわかる私に解説してくれたものでした。
「この道の名は断末魔の叫びというのです。当時は麻酔薬がなかったので足首を切断しなければならないような大手術もマサカリを一気に振り下ろすものでした。この道を通れば患者の叫びが聞こえたんですね」と。大魔王。断末魔の叫び。何とも恐怖だ。
さて、テレビの徳川慶喜ですが全く今日の日本そのままを表しているようだと思いませんか。
徳川幕府は自民党。どうも身動きできない閉塞状態。50年間のおごりと不勉強。時代の流れに気付かず旧い秩序にしがみつき規制解除ができない。そっくりです。
しかし、驚愕すべきニュースがながれました。小沢一郎率いる自由党と連立するというのです。分断していた組織体が初めて一つに回帰統合するというのは家出少年だった政治が哲学という故郷に帰って来るという期待を抱かせるものです。
私はここに希望をつないでいるのですが、もし小沢一郎とやっていけない自民党ならばこれはまた大きな崩壊が始まることになるでしょう。
しかし、あらゆる分野で崩壊が進めば進むほど逆に日本が新しく生まれ変る日が近づくのかも知れません。崩壊を速める必要があるのです。