時は鳩のように飛ぶ(Dec. 2007)

12/01/2007
by Elders International

光陰は矢のように飛ぶかも知れないが、しかし、時代は鳩のように飛ぶのだ。つまり、時代は光ファイバーのように真直ぐ飛びはしない。時代は重要な情報をもたらしては再び飛び立つ伝書鳩によって次第に明らかにされていくのに似ている。

人間は誰でも飛躍しようとして天空へ舞い上るが、空から見た人間世界が地上で想像していたものとはかなり違うことを知ると一旦戻ってきてはその都度反省する。戻ってくる先は自分の巣しかない。 わかっていても早や今年も最後の月になってしまった。こんな時、巣に戻ってきてはさまざまな分析や反省を繰り返してはやがてまた飛び立とう。思えば今年は実にさまざまな思索をすることができた年だった。

飛んでは戻り、戻ってきてはまた飛んで遂にある日オリーブの緑の枝をくわえて帰ってきた鳩から、ノアが新しい大地に近づいていることを知ったように、鳩を飛ばしては道先案内させ遠く東の涯の日本までやってきたノアのような一族がいたとしても何の不思議もない。そして、鳩がオリーブの枝ならぬ重大な歴史の一枝をくわえていることも決して珍しいことではない。

昭和47年(1972年)、奈良県明日香村で高松塚古墳が発見された。かつて何者かによって盗堀された痕跡があったが、よくご存知のように後に国宝となった彩色壁画を筆頭に、漆塗りの木棺、人骨、大刀の銀製の装具、鏡、玉類、土器などが発見されたのである。しかし、発掘調査が進むにつれて不思議なことが次々とわかってきた。人骨がバラバラに散乱した状態だったことだが、まとめてみると人間一体分ぐらいにはなったのだが最も重要と思われる頭蓋骨がなかったのである。つまり首なしだったのだ。

そればかりではない。大刀の銀製装具はあったのだが大刀の刀身がなかったのである。学者がさまざまな被葬者の特定を主張したが結局はわからずじまいだった。しかし、天井に描かれた星宿図から判明したのは、どう見てもこの本人が「天皇か又は皇太子」であることは動かし難いことだったのである。極彩の人物壁画も天皇か皇太子に仕える舎人か、采女と一緒に歩く本人の姿も画かれていたのであったがその本人の顔だけは無残にも削り落とされていたのだった。つまり首なし遺体と壁に画かれた顔さえもが消されていたことになる。

こうしたさまざまな奇怪な状況の中で、当時大阪市立大学教授の行った人骨鑑定結果の発表が驚くべき情報をもたらした。それによれば本人は筋骨たくましく、肩幅広く、足も長い、腕も長い男性で当時の背の低い日本人とすればめずらしく、かなり大柄なまるで外国人の男性のようであったこと。そして、更に決定的で重大な点は木棺の中央上部にとり付けられていた菊花文の飾りの中心にヘロデ王の紋がくっきりと飾られていたことである。この家紋は今日でも、エレサレムのヘロデ大王の門の真上に存在するのだ。つまり、高松塚古墳に埋葬されたかつての天皇もしくは皇太子の木棺の中央部に取りつけられた彼の家紋はユダヤのヘロデ大王と同じ家紋だったのである。

つまり高松塚古墳の被葬者は天皇か皇太子であり、彼はユダヤ人だったと結論付けうる情報を伝書鳩はもたらしたのだった。

しかし、報道機関も学者もそれが何らかの圧力か、故意かは知らないが殆どこの家紋問題を取り上げようとはせず、それは天武天皇の皇子の弓削王子だとか忍壁皇子であろう、とか或いは天武天皇自身ではないか、などという話題に集中して家紋問題はなぜか隠されてしまったのである。

しかし、隠しても隠し切れない血の痕跡はあちこちに残った。

「イエルサレム」を表わす平安京、「シオン」を表わす祇園。祭りのお御輿。

今日の日本人が自分が何人かも知らず、小学校から英語を習って喜んでいることの何と空しいことか。

ユダヤ人は知っていても自分が間違いなくユダヤ人の血を引いていることも知らない。ユダヤ人の先祖はセム族といい、髪も黒く眼も黒いスメル族、バビロニア、アッシリアなどの混合という。だから元々、日本人の風貌に近い。紀元前722年、ユダヤ十支族、即ちユダヤ北朝はアッシリアに滅ぼされた。どこへ消えたのか、歴史上の謎とされる。これが、「失われたユダヤ十支族」なのである。

今度は南朝二支族がバビロニアによって滅ぼされて70年間忍従の境遇に置かれた。

彼らがペルシャ帝国によって解放されたとき、紀元前722年ごろ追放された十支族の姿は全く 消えたままであった。どこへ行ったのか。この十支族こそ、中央アジアをはるばる越えてアフガニスタン、中国、更に日本へと逃げのびたであろうことを想像してみるのだ。

ここでいつも私は伝書鳩を思い付く。鳩を飛ばし、偵察する、前方の情報を得る。長い長い シルクロードこそ彼らの逃走の道だ。何百年もの逃走、何世代にもわたる移動は彼らに類い稀な叡智と才能を与えたのである。奈良正倉院御物といわれる膨大な宝物はこうして運ばれたのだ。しかも、何百年にわたって運ばれたのだ。

私からみれば、ボストン・レッドソックスもボストンという街も、色濃くユダヤ人という文化を持っている。そして、京都と姉妹都市である。有名なハーバードやMITの大半はユダヤ系教授陣で占められている。彼らのボストン移住は日本に比べれば極めて新しいから比較にならないが、優勝のために有力な投手が必要だと一旦獲得を決めれば金に糸目をつけない。

しかも日本の松坂大輔をスカウトするために、実に驚くべくは彼の高校時代からの登板を 毎年、スタンドから常に観察していたことである。中々真似できるものではない。

彼らの意思決定は一日や二日でなされるものではなく、何百年にわたってシルクロードの苦難の逃走の歴史を背後に蓄積した叡智によってなされることがわかる。

あっという間に自分が誰だったかを忘れ去って、我が子ににわか英語を勉強させる日本人は哀れである。何百年とは言わずとも、3年や5年はアミノ酸のトリプトファンやフェニルアラニン、リジンなど考察力のための栄養を摂ってからでも遅くはない。プレートランチやラーメンで考察力が養われるわけはない。

「時は鳩のように飛ぶ」-古いフランスの諺である。

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