沖縄が生んだ盲目のテノール歌手―牧師・新垣 勉(2006年8月)

08/01/2006
by Elders International

新垣 勉、沖縄が生んだ盲目のテノール歌手で、今はかなり広く知られる人となった。普段は日本では暮らしていない私が彼について知ったのは偶然といえる。2005年2月の寒風吹きあれる夕刻、ふと立ち寄った音楽ショップで手にしたのが彼のCDであった。このCDを買い求めた動機もただ収録された歌の数々が日本のクラシックとでもいえるような「からたちの花」とか「この道」だったから懐かしさの余り聴いてみようと思っただけだ。しかし、改めて彼の経歴や推薦者の文章を読んで私は言葉を失ったのだった。

沖縄米兵を父に、酒場で働く女を母に生まれ、助産婦の手違いのために盲目となったこと。父は逃げるように米国へ去り、以来行方不明。母も失踪した。今度は彼を引き取って育ててきた祖母が死んだ。

孤独と絶望の中で何度も自殺を企て、いつか両親を捜し出して殺してやろうとまで決意した少年時代。


しかし、ある教会の牧師との出会いによって、大学の神学部を卒業、秀れた歌唱力を見出されて、更に武蔵野音大、大学院で本格的に声楽を修得するに至ったのである。

現代というシラけた大海の中で泳ぐ努力さえも捨ててしまった若者たちは衝撃をもって彼を受け入れ、今や拍手を送る。

彼が唱うクラシックの名曲「天使のパン」はイタリーの生んだトマスアクイナスという超有名な哲学者の詩によるものだ。

「天使のパン」はヨーロッパ、アメリカの特に、なぜかクリスマスの頃によく歌われる。有名なドミンゴやカレーラスといった世界のテナー歌手も好んで唱うが、なぜかイタリーの新垣 勉とでもいうべき盲目テノール歌手として世界的にNO.1の人気が高いアンドレア・ボッチェルリが歌っているので広く知られるようになった高い神秘性と癒しが与えられる名曲なのだ。


「天使のパンは

 人間のパンとなり

 天上のパンは

 見えるものとなる。

 おお、何と驚くべきことだろう、

 神のからだを食べるのが

 貧しく、哀れな

 卑しい僕(しもべ)であることが。」


つまり、イエスのからだは弟子たちによって食べられてしまった、というのである。そして、神のからだを食べたのが貧しく哀れな卑しい僕(しもべ)であった、と。今日から見れば衝撃的に思われるが、800年前の、中世ヨーロッパではそんなに奇異な出来事ではなかったのかも知れない。

この詩を書いたトマス・アクイナス(Thomas Aquinas)は決して奇人でも変人でもなく中世の(日本の鎌倉時代)有名な哲学者である。イタリーのミラノの北方ロンバルデイアの、アクイノ伯爵の子として1225年に生まれ、ナポリの大学でアリストテレス哲学を修め、後にパリ大学教授、ローマ教皇庁教授としても多くの著述を残した人だ。(たとえば現代の図書館とそのシステムは彼によって生まれ、完成したといわれる。)

アリストテレス哲学によるキリスト教思想の体系化を計り、理性でキリスト教の神秘性を追求したといわれる。彼自身、「天使のパン」で表わしたような深い神秘的体験を持っていたに違いない。

彼の肖像はルーブル美術館のフラ・アンジェリコ作「聖母載冠」の画面中央部に本を持ち、立った姿で画かれて残っている。


新約聖書ヨハネ伝に書かれているように5千人もの聴衆に向かって叫んだイエスの言葉、「私は天から下ったパンだ」、「命のパンだ」、「私の肉を食べ私の血を飲む者は永遠に生きる」という部分にトマス・アクイナスの詩の原点がある。

この余りに衝撃的な言葉に驚愕した群衆は全員が去っていって後日12使徒といわれた12名の男だけが残った。何千人もの聴衆はもういなかった。日が暮れて、やがて最後の晩餐を迎えて、パンの食べ方、血の飲み方が教えられたのである。

しかし、常日頃、怠慢で、嘘つきで、卑しい僕(しもべ)たちは裏切って逃げた1人を除いて全員この日を境に命を賭けて自分たちの主人の教えを布教するために生涯を投げうつ人間へと大変貌を遂げたのである。

つまり「天使のパン」こそは、人間を大転換させる力をもつ「命のパン」という詩なのだ。

しかし、ここにも1人天使のパンを食べた男がいる。自分を生み落し、逃げ去った両親を捜し出し殺してやろうと決意し、絶望の余り何度も自殺を企てた盲目の男、新垣 勉である。そして、この男が到達した「愛とゆるし」への大転換は、心の傷を負った現代人の多くを癒し、慰めずにはおかない。

新垣 勉は1952年、沖縄生まれ、現在は牧師としてリサイタルの傍ら、学校、PTA、協会、美術館、病院、さらに各地の教育委員会主催のセミナーでも歌を交えた公演、サロン・コンサートを行っている。

エルダース栄養科学研究所では彼の活動を支援するためエルダースのオリジナル版CDを発行し、会員に販売している。

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